カスタム電源開発・設計 豆知識
2025.08.21
多チャンネル電源を安全に立ち上げるための設計ポイント

産業機器の電源を多チャンネル化することで、CPU用、通信回路用、モーター制御用など複数の電圧を一台の電源装置から供給することでき、装置全体の小型化や配線簡略化が図れます。
この多チャンネル電源は複数の電圧を「いつ」「どの順番で」立ち上げるかによって、装置の信頼性や性能に大きな差が出ます。
上述の「いつ」「どの順番で」立ち上げるかについては、既に理解されている方も多いかと思いますが、実際に、誤った立ち上げ順序やタイミングによって、
「構成部品が破損してしまった…」
「システムエラーが発生した…」
といったご相談も少なくありません。
そこで今回は、産業機器用カスタム電源において、「多チャンネル電源を安全に立ち上げるための設計ポイント」を解説いたします。
多チャンネル電源で起こりうるトラブル
使用用途や部品構成にもよりますが、多チャンネル電源では複数の出力を同時に立ち上げることがあります。一見問題がなさそうに見えますが、実際には下記のようなトラブルに繋がることがあります。
表1. 想定されるトラブルとその原因例
回路設計においては、制御系から順に立ち上げることは一般的な概念ですが、当社がこれまで長く電源設計に携わってきた中では、お客様から
「動かしてみたら立ち上げ時間をずらさないと誤動作することが分かった」
というご相談をいただくケースもございました。
これは、CPU(制御系)と周辺回路を同一タイミングで立ち上げた際に、周辺回路から出てくる制御・データ信号が、CPUにとってはまだ受け取れる状態にない(安定していない状態)ことで、システムエラーが発生したと考えられます。
多チャンネル電源を安全に立ち上げるための設計ポイント
業界や使用回路によって異なりますが、多チャンネル電源では、すべてのチャンネルを同時に立ち上げるのではなく、電圧ごとに立ち上げ順序やタイミングを制御することが重要です。例えば、上述のシステムエラーを例にとると、CPUを先に安定動作させておくことで、周辺回路からの信号入力による誤動作を防ぐことができます。
下記にて、具体的に立上げ時間の設定方法を3つご紹介いたします。
① 時定数回路(RC回路)を出力側に追加
出力回路に抵抗(R)とコンデンサ(C)を入れることで、電圧が規定値に到達するまでの時間を意図的に遅らせることができます。例えば、「CPUには時定数を入れずに先に立ち上げ、周辺回路にはRCを入れて数十ms遅らせる」といった設定が可能になります。
②EN(イネーブル)信号を使って順番にONさせる
電源に「イネーブル端子」を持たせ、CPU回路が安定してから次のチャンネルへ“ON信号”を送る方式です。EN信号を介することで、チャンネル①→チャンネル②→チャンネル③という順番を回路側で制御できます。
③リモートコントロール端子に外部出力を接続する
外部の制御装置(PLCやCPU)から電源へON/OFF信号を送り込む方法です。外部側で「5VをON→50ms後に12VをON」といったシーケンス制御ができるため、立ち上げタイミングを自由に設定できます。
上述のような方法で立上げ時間を制御することで、部品を保護し、誤動作を回避することにつながります。また、電源側でシーケンス制御ができるため外部制御が不要となり、作業負荷の低減につながります。
但し、使用用途や部品構成によって、「立上げ時間をずらすべきかどうか」の要件が異なるため、注意が必要です。
当社の多チャンネル電源の事例をご紹介
下記にて、当社の多チャンネル電源の開発事例を一部ご紹介いたします。
事例①:プラント制御室用多チャンネル直流安定化電源
プラント制御室向けに製作した7チャンネル構成の直流安定化電源の開発事例です。各チャンネルが大電流仕様であるため、万が一、一部が故障した場合でも短時間で復旧できるよう、出力電圧ごとにユニット分割し、ユニット単位で交換可能な構造としています。さらに、冷却ファンについても工具なしで着脱できる設計とすることでメンテナンス性を向上させました。また、電源装置という特性上、安全性にも十分に配慮し、電気回路だけでなく筐体構造も含めて作業者が簡単に触れない安全設計を実現しています。
事例②:プラント制御装置用直流安定化電源
プラント制御装置向けに、複数の電圧仕様に対応した多チャンネル直流安定化電源を開発した事例です。
お客様から「制御装置ごとに異なる出力仕様に対応した汎用電源が欲しい」「入力側もAC/DCどちらでも使えるようにしたい」との要望を受け、入力・出力モジュールを自由に組み合わせられる構造を採用しております。入力はAC/DC選択だけでなく二重化入力にも対応可能、出力は最大5スロットまで実装でき、5V/15V/24V/48Vを選択可能としています。また、プラント用途に求められる高信頼性を実現するため、入出力共に複雑な制御を排除し回路構成を単純化しています。
事例③:発電所向けAC/DC入力電源装置
発電所向けに製作したAC/DC入力対応のスロット型多チャンネル電源装置の置き換え事例です。従来機に比べてノーヒューズブレーカを新たに搭載する必要がありましたが、ブレーカ追加により回路構成が増えることで、既存スペースに収まらない点が課題となりました。
そこで装置形状の最適化を提案し、有効スペース内に収まるよう再設計を実施しました。また、オーバーホール時の部品交換を考慮し、コンデンサなど有寿命部品は交換可能な構造として設計しております。加えて、ブレーカ誤操作を防止するためにカバーを追加するヒューマンエラー対策も行っています。
多チャンネル電源の開発・設計なら、産業用カスタム電源開発・設計Naviまで
今回は「多チャンネル電源を安全に立ち上げるための設計ポイント」をご紹介いたしました。当社では、安全性・信頼性を担保した多チャンネル電源の開発・設計など、お客様のご要望に沿ったカスタム電源の開発を得意としております。実際にこれまで、電力・水道・鉄道などのインフラ設備から建設機器・理化学機器をはじめとした産業機器まで、幅広く業界向けに、カスタム電源を開発した実績がございます。今回ご紹介したように、信頼を高めるための回路提案や設計提案も行っておりますので、多チャンネル電源など、カスタム電源の開発・設計委託先をお探しの皆様、是非当社にお任せください。
「スイッチング電源の回路構成と設計方法」ハンドブック無料プレゼント
産業用カスタム電源 開発・設計 Naviを運営するアイガ電子工業株式会社では、電源回路設計・スイッチング電源設計を行うエンジニアの方々に向けWEBサイト上で有益な情報を発信しておりますが、「スイッチング電源の回路構成と設計方法」ハンドブックを刊行し、ご希望される方には無料プレゼントを行っています。少しでもご興味をお持ちの方は、下記リンクよりご確認ください。
>>電源回路設計の基礎シリーズ「スイッチング電源の回路構成と設計方法」ハンドブック
関連する豆知識一覧
-
電源設計の基礎
2025.08.21
多チャンネル電源を安全に立ち上げるための設計ポイント
産業機器の電源を多チャンネル化することで、CPU用、通信回路用、モーター制御用など複数の電圧を一台の電源装置から供給することでき、装置全体の…
-
電源設計の基礎
2025.07.18
電源の起動・停止を安定させる設計のポイント
産業機器の電源設計において、起動・停止時の不安定な出力は、誤動作を引き起こす大きなリスクとなります。 「出力電圧が振れて誤動作が起こっ…
-
高圧電源
2025.06.20
「緩遮断」を防ぐ電源設計のポイント
カスタム電源の設計段階で、瞬断を考慮していても、電源が「ゆっくり遮断される」状態を考慮せずに設計していたために、瞬断試験で誤動作を引き起こす…
-
高圧電源
2025.05.19
フライバックトランス回路: 高圧電源開発・設計の基礎
高圧電源とは数kV以上の高電圧を発生させる電源を指します。一般的な産業機器は、基本的に出力電圧が24Vや48Vといった低電圧で動作しますが、…
-
電源設計の基礎
2025.04.22
カスタム電源でもコストダウンを実現する3つのポイント
標準電源は市場動向に見合う仕様、環境・パッケージ・価格などが決定された電源です。この標準電源には、大きなコストメリットがありますが、決められ…
-
電源設計の基礎
2025.03.24
アンダーシュートを抑制するためのポイント:カスタム電源開発・設計の基礎
産業用機器向けの電源は信頼性が求められるため、アンダーシュートが発生すると致命的な問題を引き起こす可能性があります。 そのため、回路設…